運良く上京する機会に恵まれ、上野の
「フェルメール展」を観る事ができました。
各国の収蔵美術館が違うフェルメール
の作品が7点並びます。
これは見逃せなかったのです。
陽光の射し具合、それが違和感なく
画面に広がり、隙がなく緻密な画面
構成、人物の表情・その視線・素材も
分かろうかという服飾の妙、フェルメ
ールの室内に酔えました。
平日なので、スムーズに鑑賞でき、芸術の秋を堪能。
それから、上野の山を散策。
高校の修学旅行、西郷さんの銅像の前で友と三時間も話し込んだ懐かしいその場所は、完全に
忘れていて、案内板を見て場所を確かめる。
暫く行くと、彰義隊の墓碑。手を深く合わせ、彼らのことを思い、祈った。
歩み進めて、浮浪者の沈黙の中、西郷さんはいました。
糸夫人が「こげな人ではなか」と怒ったその像は、今見ても異様な顔付き。
上野にこれほど浮浪者が住み着いて、困ったような表情ですね、西郷さん。
140年前の希望に燃えた明治政府高官が、今の上野を想像できたかな。
これから日本は、、、、、どう舵を取るのでしょう。
ふるさと発 「“長州砲”故郷に帰る」という番組が中国地方限定で放送されました。以下、アナウンスをまとめてみました。
【本放送】平成20年8月29日(金)午後7:30~7:55<中国地方向け>【再放送】平成20年8月31日(日)午前8:00~8:25<中国地方向け>
制作:NHK山口放送局
明治維新から140年となる今年、イギリスから1本の大砲が山口県に帰ってきました。幕末の長州藩で作られたこの青銅製の大砲は「長州砲」と呼ばれ、長州藩が倒幕へと転向するきっかけとなった関門海峡での外国船打ち払いに使われました。
近年、山口県では長州砲の鋳造所跡の発掘調査が行われ、幕末の鋳造技術などが明らかになってきています。
番組では、帰ってきた長州砲から激動の幕末史を彩った知られざる「匠(たくみ)の技」を見つめます。
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元新聞記者の作家・古川薫氏、諸外国に散らばっていた長州砲を捜し求め里帰りできるように活動していた。イギリスで地面に転がされて保存状態が悪く、とても気になっていた一基が今回の里帰り砲である。
長州、アヘン戦争による危機感から大砲の必要性を感じる。今、造らなければ国が滅んでしまう。
東光寺(毛利家の菩提寺に代々鐘を納めていた)鋳物職人・郡司喜平冶、長州藩は、高炉がなく、鋼鉄では造れず、青銅で造った。一基造るのに15日、飛距離500メートル。お寺の鐘を造る技術を応用。鋳型の組み方も独自で考案、鋳型も竹などでしばり固定。心意気を感じる。その後、千メートルを超える大砲も造った。(ちなみに、アームストロング砲の飛距離は三千メートル)20年で130台。銅が不足してなべなどを溶かした。関門海峡に備えられ、欧米列強に大きな被害をもたらす。敗れて、戦利品として諸外国へ持ち去られてしまう。
外国と戦う無意味が敗れて分かった。その後、大砲を造った人たちが倒幕へと加わっていく。
攘夷が倒幕へと変わった、その起点となった長州砲、激動の幕末、欧米列強と戦った人たちの情熱を今に伝えている。
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