鞆の浦に行って来ました。
ここは、幕末好きの方なら、坂本龍馬の史跡がある
ことで有名です。
1867年、4月、長崎より武器・商品を積んで運行していた
「いろは丸」
鞆の浦沖合いで、紀州船と衝突。
そのいろは丸の足跡の資料館「いろは丸展示館」、
その時の日本初の海事裁判が行なわれた「龍馬交渉跡」、
「龍馬宿泊場所」、朝鮮通信使の迎賓館だった「対潮楼」、
七卿落ちの「太田家住宅」、「歴史民族資料館」、と
見所が一杯です。
ちょっとしたテーマパークのような趣もあり、一度、訪れて下さい。
どの町かどを写しても「絵」になる、歴史の港です。
つい先日、伏見の史跡巡りに行きました。
小雨で、いつも人気の寺田屋には数人程度、
龍馬通りのお土産屋には、行く度になんとか
龍馬と命名されたお土産品が増えています。
で、その龍馬、やはり暗殺という言葉が浮かびます。
聞くところによりますと、龍馬の思案する新政府構想に幕府側人物の登用がないと危惧した
彦根藩が、京都見廻組に暗殺を依頼したのではないか、その証拠まで京都で出てきたとのこと。
誰が本当の犯人か、、、?
明治政府はカスばかり残ったと言われていますが、龍馬が生きていたら、
どう言われたのでしょう。
龍馬がいたら、その明治も変えていたのか。
幕末維新は運命のパズルを見るようで、日本史の中で虹色に輝く宝石だと思えるのです。
その中で、燦然と輝いているのは、龍馬を初めとする「命を絶たれた」無念の志士たちや
戊辰戦争で命を落とし明治を生きられなかった人々たち!
心から彼らに感謝するのです。
いつも、そんなことを考えながら、往時を偲んで史跡巡りをしています。
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